学会で講演をすることになりました

大学時代につけていた日記が出てきて思ったこと

mixi日記

私は大学生時代にmixiという日本版フェイスブックのようなサイトを使って日記を書いていたことがあり、ふとした拍子に思い出したようにログインして過去の日記を読むことがある。

最近またログインして日記数を見てみたところ、日記の数は実に472記事におよんでいた。大学の時の私はたいそう暇なようだった。

その中で93記事は他人に見せることを前提としていた記事。マイミクという、Twitterで言うところの相互フォローの人に見せる用の記事である。

残り379記事は完全に自分だけのためにつけていた非公開の日記である。

それをこの前つらつらと読んでみたわけが、その時に色々と感じたことがあったので忘れないうちにブログに書き連ねておこうと思う。

日記は過去の記憶を呼び起こすきっかけになる

mixiで日記を書いていたときは

将来大学時代のことを振り返るかもしれないから、しっかり記録を残しておこう。

たくゆきじ

と強く感じていたのでしっかりと日記を書いていました、なんて事実はいっさいありません。

なんで日記を書き始めたのか、今となっては覚えていないというのが正直なところである。

ただ淡々とその日あったことが記録されている。

今日は久しぶりにゴルフに行きました。

今日は雲一つない快晴で、さらに風もなくゴルフをするには最高のコンディションでした。

そんな中始まった今回のラウンドでは、パーティーの人がなんだかんだでスコアをまとめていくのを尻目に、僕は次々とトリプルボギーを生み出していました。

今日の僕のトリプルボギー生産量はおそらく世界レベルでした。

この日はPDの手術で非常に疲れた。とっても大変でした。長いしね。

昼は●●で味噌ワンタンメンを食った。次からはワンタンのトッピングは止めようと決めた。

夜はビーフステーキ弁当を食った。

その後パチスロに行った。ジャグラーを打った。まぁ負けました。

この日は母ちゃんに誕生日プレゼントを買った。

風呂に入った。いつまでもデブと思うなよを読んだ。そうめんと天ぷらを食った。

パチンコをした。家に行って夜飯を食った。カレーを食った。トウモロコシも食った。

こんな感じの日記が淡々と書いてある。割とどうしようもない大学生であったことが見て取れる。

ただこのmixi日記が残っていてよかったなと思うのは、その時の自分の記憶がこの日記をきっかけにありありと思い起こされることがあるからだ。

なんとなく自分の過去を再発見したような、そんな気持ちになる。

何気ない日常であるとはいえ、自分には一緒に夜ご飯を食べに行ってくれる友達がいたことを思い出させてくれる。

ホメオスタシスと体重に関する考察

また学生の時の(今私から見ればしょうもない)悩みに対して、自分なりに対策を立て、実行にうつした様子が窺える。

今振り返ってみると、大学時代にもっとこんなことをしておけばよかったと思うこともたくさんあるのだが、日記の中の私をみる限りは意外と大学時代をエンジョイしているようだった。

逆に言うと大学生時代の自分に比べて、色々な経験をして考えも変化したり成長しているんだなぁと思わされた。

また過去の自分に頭の中だけタイムスリップさせてくれるのも一つのポイントである。

昨日の食事内容すら覚えて居ない私なので、当然大学時代のことの詳細なんか覚えているはずがない。

ただ日記を読んでいると、たまに大学時代の記憶が鮮明に思い出される瞬間がある。

日常生活でゾーンに入るためにどうすればいいのか考えてみた。

妻から「昨日の朝はオムライス食べたよね」と言われると、忘れていたはずの朝食のオムライスが目の前に出てくるようなあの感覚。

焦点が合わない、もう記憶にすら残っていない過去の記憶に、ピントがピタッと合う感覚。

日記を読んでいるとそういうことが稀ながらある。

これは個人的にとても心地よい瞬間だった。あぁそんなこともあったなぁ、と思わせてくれる。

こんな感じで日記を書いていてよかったなぁとなんとなく思わせてくれた。

マイミク向けの文章を読んでみて

もう一つはマイミク向けの文章を読んでいて思ったことだ。

マイミク向け、つまり非公開で自分だけが読める文章ではなく、他人に向けて書いていた文章である。

これも自分なりに読み返してみるとかなり学びがあった。

まず最初に思ったことは、恥ずかしくなるくらい文章が拙劣であることだ。

ドラクエ5のように過去に戻れるなら、「坊や、お父さんを大切にしてあげるんだよ。」と伝える代わりに

坊や キミ…スベってるよ…(白目)

たくゆきじ

と伝えてやりたい。

mixi日記

ただこのマイミク向けの文章を読むことで、大学生の頃から誰に頼まれるでもなくお金になるわけでもない文章を書いていたことを思い出した。

つまりこの頃から自分の書いた文章を人に読んでもらうことが、一つの楽しみになっていた。

そう思うとこのブログを始める以前から、私は文章を書くこと自体は好きなようだった。

そう思うと今はreject続きではあるが、文章を書くという共通点はあるので、論文とかも慣れてくると楽しくかけるのかもしれない。

あともう一つの発見は、「今の価値観だと炎上しかねない」と思うような内容も平気で書いていたことだった。

これは今だからこそ判断できるだが、社会経験が一切ない大学生の時の文章だったので

この内容をオープンな場で書いちゃいますか…

ということも平気で書いていた。正直言ってびっくりした。

マイミクしか読めない内容(今で言うところの鍵アカ)だったので書いていた側面もあるのかもしれないが。

とはいえ大学時代にオープンな場で書いていいこと、書いて悪いことの分別がつくかというとおそらく無理である。

だって社会人経験がないんだから。

ただ今の時代、おそらくこれからの時代も、過去に書いた文章に未来の自分が刺されかねない時代である。いわゆるキャンセルカルチャーだ。

【外部リンク】キャンセル・カルチャーの果てにあるものは何か?

そこで将来私の息子たちが何かSNSとかYoutubeとかで発信活動をやってみたいのであれば、とりあえず匿名で自分の書きたいことを書いて反応をみて経験しながら

「あぁこれは書いちゃいけないことなんだな」

という経験を積んでいくしかないんだろうと思わせれた。

そしてそのプロセスを経てオープンな場で許容されること、そうでないことの分別を徐々につけていってほしいと思う。


Twitterでバズ Twitterでバズって最初に出てきた感情が「怖い」だった理由を考える。

まとめ

ということでまとめになるが、日記を書くことにはメリットがたくさんあるということに改めて気付かされた。

たまに今でもOneNoteなんかに日記を書いているのだが、これからも暇なときには日記を書いていきたいと思う。

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